録画の前後にあった仕事

インストラクションビデオを作る作業は、ずっと自動化したいと思っていたことの一つだった。シナリオを考え、そのためのデータを作り、手順を準備して検証し、ようやく OBS Studio で録画の本番を回す。録り終えたら、DaVinci Resolve でテロップを入れながら編集する。画面に映るのは数分でも、その裏には何倍もの手間があった。
Playwright MCP が出てきたころ、「これを使えば一部でも効率よく自動化できそうだ」と考えていた。ところが、こうした道具を試すより先に、生成 AI の標準的な機能だけで普通にできるようになってしまった。手順書や検証用のデータを用意するところから始まり、これまで自分で操作していた OBS Studio での録画、API を呼び出しての音声の合成、テロップ入れを含む編集まで、一連の流れをまとめて進めてくれる。
もちろん、最初から思い描いた通りの動画になるとは限らない。それでも、以前なら何日もかかっていた準備や編集が目の前で進んでいくのを見ていると、自分が何を手放し、何を手元に残すべきなのかを考えずにはいられなくなる。
手間は録画の前と後にあった
振り返ると、手間の大半は録画そのものではなく、その前後にあった。録る前には、データを整え、手順を試し、つまずく箇所をつぶしていく。録った後には、映像を見直し、テロップを入れて整える作業が待っていた。自動化したかったのは録画ボタンではなく、それを挟む地道な仕事だったのだと、任せてみてはじめて気づく。
道具を選ぶ前に、道具が追いついた
どの道具をどう組み合わせれば自動化できるかを考えている間に、生成 AI のほうが先に進んでしまった。道具を選び、つなぎ方を設計するという工程そのものが、少しずつ短くなっている。変化の速さは、こうした「準備のための準備」まで静かに飲み込んでいくのかもしれない。
残るのは「何を見せたいか」
手を動かす部分を任せられるほど、誰に、何を、どの順番で見せたいのかという判断が、自分の仕事として浮かび上がってくる。できあがった動画を見て「ここは違う」と感じられるのは、その判断を自分が持っているからだ。仕上がりの良し悪しを決めるのは、結局そこなのだと思う。 録画の前後にあった仕事が消えたのではなく、本当に考えるべきことの前に、ようやく立てるようになったのかもしれない。
