経験は、基準にも思い込みにもなる

段取りは組めているつもりだった。それでも、思った通りには進まないことがある。先日、あるお客様先で実施したワークショップで、予定していたハンズオンを最後まで終えることができなかった。お客様が手を動かす時間として見込んでいた枠が、実際には大きく足りなかった。次回に続きをやらせていただくことになったが、内容そのものはさておき、自分としては不本意な終わり方だった。
時間の組み立ては、過去の経験をもとに計算したつもりだった。実際、つい最近、別のお客様先で実施したハンズオンでは、途中でトラブルがありながらも時間内に収めることができていた。だからこそ、今回のずれは自分でも意外だった。時間管理には、それなりに自信を持っていたのだと思う。
そして、つまずいたのはまさにその、自信を持っていたところだった。経験を重ねてきた分だけ、確かめずに進める場所が増えていたのだと思う。積み上げてきたものが、判断を支えてくれていたのか、見えなくしていたのか。あとになって、そちらのほうが気になっている。
自信があるところほど、点検が抜ける
準備をするとき、人はまず心配な箇所から手をつける。環境が動くか、想定外の質問にどう答えるか。確認の順番は、不安の大きい順に並んでいる。裏を返せば、不安を感じていない箇所は、その並びに最初から入っていない。経験のある領域ほど、点検の対象から静かに外れていく。
基準は、いつのまにか出来上がっている
これまでお会いしてきた方々が、たまたま操作に慣れた方が多かったのかもしれない。その積み重ねが、決めたつもりもないまま「このくらいでできるはず」という目安になっていた。自分で選んだ基準ではないぶん、それを疑うきっかけも訪れにくい。
誰の手の速さで測っていたか
ハンズオンの所要時間は、手順の数ではなく、手を動かす人の慣れで決まる。同じ操作でも、日常的に触っている人とそうでない人とでは、かかる時間がまるで違う。自分が数えていたのは手順であって、目の前の人の時間ではなかったのだと思う。
得意な側にも、点検を一つ置く
苦手な領域は放っておいても確認される。だから足すとすれば、得意だと思っている側のほうだろう。時間の見積りなら、数字を出したあとに「これは誰を想定した数字か」と一度だけ問い直す。手間としては小さく、たぶんそのくらいでちょうどいい。
経験は、そのまま置いておくと基準になり、ときどき裏返してみると問いになる。どちらとして使うかは、そのつど自分で決められるところだと思う。
